皆さんは漢方薬の胃薬といったらどの薬を思い浮かべるでしょうか?市販薬なら大正漢方胃腸薬かもしれませんね。ちなみに最近はAIがいろいろ答えてくれますが、GOOGLE AIに”漢方薬 胃薬”で尋ねてみると黄連解毒湯、四逆散、柴胡桂枝湯、安中散、六君子湯、平胃散、大柴胡湯、半夏瀉心湯と答えてくれました。この中で医療用の漢方薬として一番多く使用されているのは六君子湯です。胃の調子が悪くて内科にかかったら六君子湯を処方された経験のある方もそれなりにいらっしゃると思います。しかし私の経験では六君子湯が効く患者さんは10人の内1人か2人です。ある漢方メーカーのMRさんと話をしていてこのことを伝えると「実は他の先生からも同様のご意見を頂くことがあります」とおっしゃっていました。私からすると”そら、そうでしょ”と思うのですが、そんな印象のある六君子湯がなぜ一番よく使用されるかというとエビデンスがあるからです。
現代医学ではエビデンスが重視されます。私が医師になったのは25年ほど前で、その頃は今ほどエビデンスが重視されていなかったですが、当時アメリカ医学にかぶれていた私は日々英語のテキストや論文検索をおこなってエビデンス重視の診療していました。しかし、西洋医学では限界があり、患者さんをよくするために使えるものは何でも使いたいと思っていたところに、中医学を勉強する機会が巡ってきました。当時の先生に指導を仰ぎながら患者さんに試してみると結構効くケースがあり、中には劇的に効いて長年の耳鳴りがなくなったケースもありました。漢方は当時も今も質の高いエビデンスはあまり存在しませんが、エビデンスがないからといって漢方薬を否定するのは誤りであることに気づきました。
六君子湯はそんな中で質の高いエビデンスがある数少ない漢方薬の一つなのです。ですから、そのデータをみて漢方に詳しくない先生も自信を持って患者さんに出せます。しかし、それで処方し続けていくと、”あれ?思ったほど効かないなぁ”となってくると思うんですね。私がもっともよく使う胃薬は半夏瀉心湯です。六君子湯ですら臨床試験で有意差がついているのですから、もし半夏瀉心湯で同様の大規模臨床試験をおこなったら確実に有意差がつくと思いますが、そもそもそういった試験がありません。
漢方薬については、まだまだ臨床試験での評価が足りていません。その原因の一つには東洋医学の診断名(証)と西洋医学の診断名が一致していないことがあります。本来漢方薬は証で評価しないと正確な評価は出来ません。いずれにせよ、現状十分なエビデンスがそろってない中で、ある薬のエビデンスがでてくると西洋医学メインの先生方が一気に使用するようになります。それは漢方医からみるとちょっといびつな状態です。本来いい薬がいろいろあるのに、それを押しのけてエビデンスがある薬が売り上げの上位を占めることになります。
六君子湯もそういった面があります。それに加えて六君子湯は中医学的に脾気虚という胃腸虚弱の診断名がついたときに使われる代表的な薬なのです。したがって中医学をそれなりに勉強した先生も六君子湯を多用する傾向があります。しかし、あまり効かないことが経験を積むとわかってきます。なぜ効かないかというと慢性的に胃の調子が悪くて胃腸虚弱があっても六君子湯が効く状態とは少しずれていることが多いからです。
六君子湯について少し解説しますと、六君子湯の主薬は人参です。人参は基本的に消化と助ける生薬ではありません。ではなぜ人参を用いるかというと、胃腸を元気にして食欲を出してくれるからです。ですから食欲がなくて、消化のいい物でも少し食べたらお腹がいっぱいになって食べれないという方に適した薬なのです。でも慢性胃炎の患者さんの多くは食欲はそれなりにあって、いやどちらかというと卑しくて、ついつい甘い物や美味しい物をたくさん食べてしまっています。そういう患者さんに人参中心の薬を出してもそれほど消化を助けてくれないので改善しないのです。
というわけで六君子湯を中心にお話しましたが、六君子湯についてはエビデンスがあるものの実際の臨床効果は高くありません。個人的には、漢方に詳しくない先生がエビデンスを信じてどんどん使うと、そのうち”あれ?漢方ってそもそもあまり効かないのかな”と思ってしまうことを危惧しています。漢方ってエビデンスだけじゃないんですよね。