先日以前別の症状で受診されていた患者さんが、冷え性が悪化したのでみてほしいとのことで受診されました。お話を聞くと冷えが強くなってまずは市販の漢方薬を試したそうです。どれがいいのか自分で調べて冷え性の適応があった加味逍遥散を選び、しばらく服用を継続していたのですがあまり効果がなかったそうです。この話を聞いて思わず心の中で”あ~”とうなってしまいました。というのも加味逍遥散は私の中では冷え性の薬ではないからです。それはなぜなのか、今回は少し専門的に解説したいと思います。
加味逍遥散は元々逍遥散という薬があり、それに生薬を何味か加えているので”加味”逍遥散と名付けられています。逍遥散の構成生薬は以下になります。
柴胡 苦辛 微寒 和解表裏 疏肝解鬱 昇挙陽気
薄荷 辛 涼 疏散風熱 清利頭目 利咽透疹
白芍 苦酸 微寒 補血調経 柔肝止痛 斂陰止汗
当帰 甘辛 温 補血調経 活血止痛 順調通便
白朮 甘苦 温 健脾益気 燥湿利尿 止汗 安胎
茯苓 甘淡 平 利水滲湿 健脾寧心
生姜 辛 温 解表散寒 温中止嘔 化痰止咳
甘草 甘 平 補脾益気 養陰止咳 緩急止痛 清熱解毒 調和諸薬
中国語の四文字熟のようなものがたくさん並んでいるので、いきなり難しいのが出てきたと思われたかもしれません。これらは一般的に「中薬学」というの生薬の勉強の基礎になるもので、中医になるためには必ず勉強します。生薬の右に書かれているものは順に、生薬の味を示す五味、寒熱を示す四気、それから生薬が持っている薬効です。中医であれば普通はこの内容はほぼすべて頭に入っています。そうでないと実際に生薬を使いこなすことはできません。この逍遙散は本来ストレスからくる胃腸の不調を整える薬で、構成生薬からみてもそのようになっています。しかし、一般的に日本人は胃腸が弱く、この中の当帰が胃にもたれることが多いので、実際に日本人のストレス性胃炎に用いられることはあまりありません。
さて、ここで注目していただきたいのは四気の部分です。(柴胡であれば微寒、薄荷でれば涼の部分です)これはその生薬が温めるのか、冷やすのかを示しています。本来四気は寒、涼、温、熱の4つなのですが、より細かく分けると大寒、寒、微寒、涼、平、温、微熱、熱、大熱の9に分かれます。逍遙散の構成をみると温性の生薬が3つ、微寒が2つ、涼性が1つ、寒熱どちらにも隔たらない平性が2つで、全体的に見るとほぼ平性となります。(厳密には個々の生薬の量も考慮する必要がありますがここでは割愛します)
さて今度は加味の部分を見ていきたいと思います。
山梔子 苦 寒 清熱解毒 除煩 利湿 涼血止血
牡丹皮 苦甘 寒 清熱涼血 活血化瘀
これをみておわかりいただけると思いますが、体を冷やす生薬を2つ(二味)加えているのです。しかもどちらも寒性で個人的には牡丹皮は大寒に近い印象があります。
したがって、加味逍遥散ははっきり言えば清熱の薬であり、冷え性の治療に用いるべき薬ではないのです。これは決して私の独りよがりではなく、生薬の知識があれば自ずとこういう結論に達します。漢方薬を十分に理解するためにはまずは中薬学をしっかり習得する必要があります。十分な中薬学の知識があればそれだけで漢方薬の理解は80%程度得られます。加味逍遥散が冷え性の適応を持っていることに関しては、個人的に昔から「誰がこの適応を決めたんだ?」という疑問をもっていますが、おそらくは個人的な経験をもとにして中薬学を無視して決められたのだろうと思います。もっとも生薬の効能からみて冷えがよくなったりするケースも実際にはあります。例えば柴胡はストレスの影響を緩和してくれますし、当帰は血行をよくする働きがあるので、これらよって血行がよくなると冷えが改善することはありますが、その場合も本当ならより温性の生薬を使って改善させるべきですし、その方が改善は早いです。また加味逍遥散で冷えが改善するケースでも長期で服用すると体がだんだん冷えていきますから最終的に冷え性が強くなる場合もあります。
以上のことから冷え性の漢方薬の選択肢として加味逍遥散はあまり考えないようにしていただくといいと思います。