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体質判断だけでは治療は困難

先日受診されたある患者さん、非常に体調が良くなっていたのでにこやかに診察が進んでいたのですが、終わりがけに「実は最近中医学の勉強を始めたのですが、私の証はどういったものになるんでしょうか?」と質問されました。体調が良くなって中医学に興味を持ってくれたのはうれしい限りなのですが、どう答えようかちょっと悩みました。なぜかというと臨床的にほとんどの患者さんの証は一つではないからです。なのに教科書をはじめとするほとんどの本はそのことに触れていません。むしろ複数の弁証(診断)をすることを忌み嫌うような傾向があります。そして患者さん向けの簡単な本だと”あなたの体質はどれ?”みたいな感じで簡単な質問で一つの体質に導くようになっています。仮に導かれた体質が正しかったとしても、それで症状に合わせた細かい治療が出来るかというと実際は難しいです。

一例として肩こりを考えてみます。肩こりに悩まされている方はとても多いですよね。その中でもガチガチに凝っているような重傷の場合、中医学的にみるとほとんどが血液の流れが滞っている瘀血の状態になっています。陽虚や陰虚、血虚など元々の体質は別でも肩こりがひどいとほぼ共通して瘀血になるのです。例えば陽虚(冷え症)の人の肩こりの場合、初期には冷えて血行が悪くなり肩こりが生じてくることがあります。この状態なら温める陽虚の治療で肩こりも良くなります。しかしそれが進行して重症になると瘀血になっていますので、温めるだけでは効果が乏しく(多くの場合は効果が全くありません)瘀血の治療が必要となります。つまり体質と治療は結びつかなくなります。

ベースの体質というのはあまり変わらないことが多いです。陽虚の人はほとんどの場合一生陽虚です。しかし、食事の内容やストレス、過労など様々な要素が加わって体質だけの問題ではなくなっていることが非常に多いです。例えば陽虚の人でもストレスが溜まってイライラしていると頭に血が上って頭部は熱くなることがあります。これは中医学的に肝鬱化熱といわれる状態でストレスから熱が発生しているのです。ですから体質の治療として温めてもこの熱が取れることはありません。

では冷やせばいいのでしょうか?でも元々冷え症がありますから冷やす薬を使うと冷え症が強くなりそうですよね。この場合どう治療するかというと冷え症の人は特に下半身が冷えるので下半身中心に温めます。それに加えてストレスの影響を緩和させる漢方薬とさらに上半身の熱を取る漢方を併用します。そうすることで全体的に体調を整えることが出来ます。ここまでで下半身を温める、ストレスの影響を緩和する、上半身の熱を取る、の3つの効能をもつ漢方が必要でした。(実際の漢方薬の種類としては必ずしも3種類とは限りません)もし、これらに加えてストレスで肩もガチガチに凝っていたら・・・、おわかりのように瘀血の治療も必要になってきます。これを証でいえば陽虚、肝鬱化熱、瘀血ということになります。このうち一つの症状だけにターゲットを絞って治療することも可能ですが、私はなるべく患者さんに早く楽になってもらいたいので、可能であれば様々な症状を一度に治療していきます。それもあって薬は複雑になりますし、体質判断だけではとても治療は成り立たないのがおわかりいただけたでしょうか。

もっとも体質判断が意味がないと言っているわけではありません。自分の体質を知り普段からセルフケアをすることは大切です。しかし、いろんな不調が出てきた時は体質だけの問題ではないことがよくありますので、その場合は専門家にご相談することをお勧めします。